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福島地方裁判所 昭和30年(ワ)35号 判決 1956年4月16日

原告

安藤カツ 外六名

被告

城北運送株式会社 外一名

主文

被告城北運送株式会社は被告近藤定喜と連帯して原告安藤カツに対し二十四万二百八十六円、原告安藤洪治、安藤昭三に対し各二十万二百八十六円、原告安藤サト、安藤ミチ、佐久間ハル、安藤典男に対し各四万円、原告カツ、洪治、昭三に対する前記金額のうち一万二百八十六円に対しては昭和三十年三月二日から、右原告三名に対するその余の金額、その他の原告らに対する前記金額については昭和二十八年八月二十二日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。(但し一万二百八十六円に対する昭和三十年三月二日から同年同月十八日までの年五分の割合による金員は、連帯ではなく、被告会社の単独支払である。)

被告近藤定喜は、(前項と符合する範囲においては被告城北運送株式会社と連帯して)原告カツに対し四十四万六千九百四十七円、原告洪治、昭三に対し各四十万六千九百四十七円、原告サト、ミチ、ハル、典男に対し各四万円、原告カツ、洪治、昭三に対する前記金額のうち一万五百七十円に対しては昭和三十年三月十九日から、右原告三名に対するその余の金額、その他の原告らに対する前記金額については昭和二十八年八月二十二日から、いずれも完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告両名に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの、その他を被告両名の各負担とする。

事実

(省略)

理由

原告と被告会社との関係で

一、亡安藤憲一(死亡時六十三年)が、昭和二十八年八月二十一日午前零時過頃、福島市方木田字橋下十一番地先信夫橋南端附近国道上で被告近藤定喜の運転していた被告会社所属の貨物自動車に接触して同所で即死したことは当事者間に争がない。

二、被告近藤の過失の有無について

(1)  被告近藤が右自動車を仙台市から郡山市に向つて運転中、信夫橋南端附近の国道上二十分の一程度の下り勾配(別紙図面≪省略≫B点)にさしかかつた際、左前方を同方向に先行する貨物自動車があつたこと、近藤がH点に達した際、前車はC点にあつたが、前記安藤憲一は右国道を横断しようとしてそのときA点にあつたことは当事者間に争がない。

(2)  およそ同方向に先行する自動車を追越すには、後車の運転者は警笛を吹鳴して、前車に警戒させ、前車において追越承諾の合図をするのを確認するとか、その他交通の安全を確認した上で、追い越さなければならない。(いうまでもなく、これを怠れば前車が急激に方向を転ずるために生ずる危険、あるいは後車において前車の前方を逆方向に進行してくる自動車その他前車の前方を横断する歩行者等の発見が困難であるためこれから生ずる危険を防止できないおそれがある。)成立に争のない乙第一、二(乙第二号証は甲第五号証と同一)五、六号証を総合すれば、被告近藤は前記B点においてその左前方を徐行中の前車を追越そうとして警笛を吹鳴したこと、右前車は著しく徐行中であつたため、被告近藤は漫然これが停車するものと考え、追越の合図やその他交通の安全の確認を怠つて、二十四粁の時速を維持したままこれを追越そうとしてH点に達したが、このとき前車はC点に達したこと、(前車の車体は長さ四米二十糎でC点とH点の距離は四米九十糎であるから前車の後尾と後車の前端とはほとんど同一線上にある。)右H点に至つて初めてそれまで前車に遮ぎられて見えなかつた安藤憲一がA点を横断中であるのを発見したことが認められる。

(3)  前掲各証拠によれば被告近藤はB点において前車が停止するものと考え、漫然時速二十四粁の速度を維持したまま前車の側面を近接して通過しようとしたことが明らかである。ところで被告近藤の運転する自動車には制動機の故障があつたこと(故障の程度については争がある)は当事者間に争がないから、かような場合には特に右近藤において万一の危急を避けるに十分な緩速度で運転すべき義務があつたといわなければならない。被告会社は制限時速は三十五粁以内であるが、制動機の故障を考えて右二十四粁の速度としたものであつたと主張するけれども、前記情況のもとにおいては、これだけで、その注意義務をつくしたものということはできない。

(4)  被告近藤は前記H点に至つてA点を横断中の安藤憲一を発見して急停車の措置をしたが、時既に遅く、E点において車体の前部を右憲一と接触させ即時死亡させたものであるが、右は被告近藤が前示(2)(3)の注意義務を怠つた過失に起因するものというべきである。

三、安藤憲一の過失について

一方国道を横断する歩行者は横断前自動車その他の高速度交通機関の運行に注意し、その危険がないことを確認してから横断する義務がある。(もち論この義務は前示運転者の注意義務と相排斥するものではない。)成立に争のない乙第三号証に前掲各証拠を考えあわせると、安藤憲一は轢死前相当飲酒していたこと、そのためもあつて同人が歩行者の右注意義務に従わず漫然前記前車の前面を横切つて国道を横断しようとしたことが認められるから、同人の右過失も本件事故発生の一因となつたことが極めて明らかである。

四、安藤憲一の被つた損害額について

(1)  そこで憲一の死亡により同人が失つた利益の数額について考えるのに証人熊坂金四郎、安藤三郎の各証言、原告安藤洪治本人の供述を総合すれば憲一は田畑約一町五反五畝歩を経営する村内中流の農家であつて、その他養鶏(育雛を含む)製繩等を副業としていたこと、憲一方の総収入は年間五十万円を下らず、うち二十五万円は憲一の労力による収益であつたこと、同人の生計費は年間七万八千円であることなどが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。そして死亡時六十三年である憲一の余命が十五年を越えることは当裁判所に顕著であるが、同人の労働能力は今後七年間と認めるのが経験則上相当である。そこで右七年間の合算収益から同人の生計費を控除し、中間利息を五分としてホフマン式計算方法によりこれを事故発生当時の一時払額に換算すると右損害額は百万九千六百七十七円となること明らかであるが、本件事故の発生については、前示のとおり被害者憲一にも過失があつたのであるから、同人の過失を斟酌し、その損害額はこれを四十五万円と認めるのが相当である。

(2)  原告安藤洪治本人尋問の結果でその成立を認める甲第七号証、原告本人安藤洪治の供述を総合すれば、原告方では憲一の葬式費用として三万八百六十円を支出して、同額の損害を被つたことが認められる。(甲第五号証に、除くとある四千六百円のほか、なお写真代八百五十円を除いた。)そして後段五で認定するように、憲一の相続を承認したのは、原告サト、洪治、昭三の三名であるから、特段の反証のない本件では、右費用も右三名において支出したものと認定するのが相当である。もつとも本訴請求原因五によれば、右原告三名は、右損害賠償債権を相続によつて取得したもののように主張したことが明らかであるが、死者がみずからの葬式を経むことはあり得ないこと、その他原告ら弁論の全趣旨を総合すれば、原告らが、前示のとおり相続によつて取得したと主張したのは、不注意による誤りであつて、その真意は、みずから直接に被つた損害として、その賠償を求めるにあるものと解するのが妥当である。

五、原告等の身分関係について

成立に争のない甲第一号証によれば、原告安藤カツは憲一の妻同洪治は五男、同昭三は六男、同典男は二男、同佐久間ハルは二女、同安藤ミチは三女、同サトは母親であることが認められ、右のうち典男、ハル、ミチがその相続を放棄したことは弁論の全趣旨からこれを認めることができる。従つて原告サト、洪治、昭三は、前項の(1)に認定した損害金のそれぞれ三分の一を相続したことになり、また前項(2)の損害金のそれぞれ三分の一を取得したわけである。

六、慰藉料の数額について

前示第四の(1)、第五に認定した事実に、本件事故の事情を考え合わせると憲一の死亡による原告カツの慰藉料は八万円、その余の原告の慰藉料は各四万円と認めるのが相当である。

七、被告会社の責任について

被告近藤が被告会社の被用者であつて同会社の業務を執行中本件事故を発生させたことは当事者間に争がない。被告会社は被告近藤の選任及び監督について相当の注意をしたと主張するけれども、証人松本喜一郎の証言によつては、未だ右事実を認めるに十分でなく、他に右事実を認めさせる証拠はない。

そうすると被告会社は原告安藤カツに対して二十四万二百八十六円、同洪治及び昭三に対して各金二十万二百八十六円、以上各金額のうちそれぞれ一万二百八十六円に対する訴状送達の日の翌日であることが当裁判所に明らかである昭和三〇年三月二日から、その他の各金額に対する不法行為の日の翌日である昭和二八年八月二二日から、いずれも完済まで民法所定の年五分の割合による損害金、同典男、同ミチ、同サト、同佐久間ハルに対して各金四万円及びこれに対する昭和二十八年八月二十二日から完済まで前同率の割合による損害金を支払うべき義務がある。

原告と被告近藤の関係で、

一、被告近藤は適式の呼出を受けながら当裁判所の各口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しないから、原告の主張事実は後記の点を除きすべて同被告において自白したものとみなされる。

二、安藤憲一の被つた損害について、

(1)  経験則上同人の労働能力は今後七年間と認むべきものであるから、これを事故発生当時の一時払額に換算するとその金額は百六万九千百三十一円となる。

(2)  葬式費用として、原告サト、洪治、昭三は、三万千七百十一円を支出し、同額の損害を被つたものと認める。

三、原告等の慰藉料の数額について、

右自白した事実から考えると、原告安藤カツの慰藉料は八万円、その余の原告の慰藉料は各四万円と認めるのが相当である。

そうすると被告近藤は原告安藤カツに対して四十四万六千九百四十七円、同洪治、同昭三に対して各四十万六千九百四十七円、その余の原告に対して各四万円及び原告カツ、洪治、昭三に対する右金額のうち葬式による損害金一万五百七十円に対しては訴状送達の日の翌日である昭和三十年三月十九日から、右原告三名に対するその余の金額、その他の原告に対する前記金額に対しては不法行為の日の翌日である昭和二十八年八月二十二日から、いずれも完済まで民法所定の年五分の割合による損害金支払の義務がある。

そして被告両名は、以上認定の金額のうち重複する部分は連帯して、重複しない部分は各自、これを支払うべきものである。

そこで原告等の本訴請求は右認定の限度において理由があるので、これを認容すべきも、その余は失当であるから、これを棄却すべきものとし、民訴法九十二条、九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤規矩三 小堀勇 松田富士也)

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